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元日本代表の遠藤保仁が現役引退

1/9にジュビロ磐田遠藤保仁が現役引退を表明した。ガンバ大阪と日本代表で主に活躍し、数々の記録を残したパサーのサッカー人生を振り返ることにしたい。

ガンバ大阪で黄金期を築く

鹿児島県で生まれ育った遠藤は兄弟の影響からサッカーを始め、高校は名門の鹿児島実業に通い鍛錬を磨いた。1998年に横浜フリューゲルスに入団すると、いきなり開幕スタメンを勝ち取り、その年の8月にはプロ初ゴールも記録した。しかしクラブ消滅の災難に遭い、京都パープルサンガ(現京都サンガFC)へ移籍することとなってしまう。

 

サンガには2シーズン在籍し、2001年にガンバ大阪へ。西野明監督が掲げる攻撃的なサッカーの中心選手として活躍した。2003年にJリーグベストイレブンに初めて選ばれると、2005年には念願のJ1初優勝を成し遂げた。2007年にはナビスコカップ(現ルヴァンカップ)優勝を果たし、2008年にはACLのチャンピオンに。大会MVPに選ばれ名前は世界に知れ渡った。そしてクラブワールドカップではクリスティアーノ・ロナウド擁するマンチェスターユナイテッドと対戦。3-5の点の取り合いを演じ、PKでゴールを決め記憶に残る一戦となった。

 

2013年にはガンバがJ2降格を経験してしまうが、2014年にJ1復帰を果たすとリーグ戦、リーグカップ天皇杯の国内3冠の偉業を達成した。遠藤はその年の年間最優秀選手を受賞した。翌年も天皇杯連覇を成し遂げると、2019年には日本人選手初の公式戦1000試合を達成した。

 

しかし出場機会を得られない日々から、2020年の10月にジュビロ磐田へレンタル移籍した。2021年はJ2優勝に貢献し翌年から完全移籍に。2022年はJ1の舞台でレギュラーとして出場を続けたが、初の無得点に終わりチームも1年での降格となってしまった。2023年は途中からレギュラーを外されたもののJ1復帰に貢献。そして年が明けて現役引退をクラブSNSおよび自身のYoutubeにて発表した。

 

参考

https://ja.wikipedia.org/wiki/%25E9%2581%25A0%25E8%2597%25A4%25E4%25BF%259D%25E4%25BB%2581

 

長年にわたり代表を支える

日本代表には長年にわたり選出され続け活躍をした。1999年のワールドユースでは準優勝に貢献し「黄金世代」の一員と呼ばれた。A代表には2002年のジーコ体制から招集され、2004年のアジアカップ優勝に貢献した。しかし2006年のFIFAワールドカップドイツ大会では、メンバーに選ばれるも出場機会はなかった。

 

大会後のオシム体制では絶対的なメンバーとして君臨し、スタメン出場を続けた。岡田体制に変わってもその信頼は厚く、2010年ワールドカップ南アフリカ大会ではデンマーク戦で見事なフリーキックを決めて見せた。その年にA代表100試合出場を達成。

 

ザッケローニ体制でもボランチとしてスタメン出場を続けた。しかし山口蛍の台頭もあり、2014年のワールドカップブラジル大会ではスタメンを外れた。その後アギーレ体制では招集されたが、ハリルホジッチ体制では招集されることはなかった。試合出場数は152試合を記録し、歴代最多出場記録を打ち立てた。

 

精密機械のようなキック精度

主にトップ下やボランチで活躍した遠藤は、中村俊輔と並び歴代最高峰のキックの名手と言える。数々の場面で直接フリーキックを決めて、チームの勝利に貢献してきた。PKでは「コロコロPK」と呼ばれる独特な間合いと蹴り方で、相手GKの逆を突きゴールを決めた。Jリーグで31ゴールと歴代最多の数字を記録。

 

日本代表でもキックの精度は群を抜いており、監督には試合後、「遠藤は精密機械のようなキックを持っている。」と表現させるほどの見事なロングキックを見せた。アスリート能力が重視される近代サッカーだが、遠藤のような選手は非常に珍しいことが分かる。

 

独特な性格

遠藤の性格は常にマイペースで、数々のエピソードを残してきた。例えばハーフタイム中にシャワーを浴びる、車の運転が遅く後ろに渋滞ができる、持久走では本気を出さずに3番か4番を狙う。

 

周囲に流されない独自の価値観を持っているからこそ、J1リーグで672試合出場の最多記録をはじめ数々の記録を打ち立てる26年間となったのだろう。引退会見を開かなかったのも、彼らしいところである。

 

またひとりレジェンドが引退

中村俊輔小野伸二、そして遠藤保仁。日本サッカーの一時代を築いた名選手たちが、現役を退くタイミングとなっている。寂しい気持ちがあるが、それに伴い新しい選手が誕生することも期待としてある。

 

遠藤はガンバ大阪のトップチームコーチとして第二の人生をスタートさせる。愛されたチームでどのような指導を見せるのか、その姿を楽しみにしたい。

 

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